松本 優一さん:コンゴ民主共和国 MONUC (平和構築)
松本優一さん
国連コンゴ民主共和国ミッション(MONUC)配属 (2004年3月~2004年7月)
1.UNVに参加された動機と経緯について教えていただけますか?
UNVに応募したのはJICAシニア海外ボランティアとして、王立ジョルダン航空大学に赴任中でした。
クリスマス休暇で訪れたキプロスで国連の平和維持活動が成功しているのを見て関心をもち、資料もJICA事務所にあったので、UNVへ登録しました。
その後1年間は引き続きジョルダン国運輸省・航空局に勤務していましたが、帰国後ロスターの再登録をしましたところ、記録がボンのUNV本部に残っていたようで3ヵ月後にコンゴへのオファーがきて職域が自分の専門分野や興味と一致したので、オファーを受諾しました。
2.コンゴ民主共和国での活動の内容は、どのようなものでしたか?
AIR・OPS(エアー・オペレーションズ・オフィサー)として、コンゴの首都キンシャサ市や主要な基地であるキサンガニ空港で1ヶ月間実務訓練を行なった後、隣国で兵站基地であるルワンダ国のエンテベ国際空港に派遣されました。
MONUCは、B-727を含め輸送機、輸送ヘリ、武装ヘリ等、約50機ほどの航空機を運用していますのでこの飛行計画、航空機運行、航空管理等を担当しました。私はUNVでしたが現地での肩書きはオフィサーであり国連職員と同等の権限と責任を与えられました。仕事内容は専門的で質の高いものだったと思います。
3.UNVとして活動して良かった点は、どういうことでしたか?
国連がアフリカのコンゴでどのように内乱を終結させようとしているのか、その概要を現地でじかに知ることができたこと、またAIR・OPSに日本人は私ひとりだったこともあり、各国のパイロットの航空運用に対する考え方を知ることができたこと。また個人として、現地の小学校に日本の童話を寄付し、努めて現地の人々との交流を心がけてみましたが、今度もまた与えるものよりも、得るもの(教えられること)のほうが多かったと思います。
4.一番苦労された点は、どういうことでしたか?
まず、コンゴはフランス語圏で仏語に苦労したこと、国連のチャーター機はロシアのイリューシン輸送機、アントノフ旅客機、ミル・ヘリコプターが多く、その取り扱いを知る必要があったこと、ロシアのパイロットは英語を話さないのでここでも意思疎通の問題が会ったこと、現地でクーデターや市街戦が発生したために休日がほとんど取れなかったこと、マラリヤの予防薬MEFAQUINEの副作用が強く服用後しばらくは、全ての感覚が鈍っていたことです。
5.これからUNVを考えておられる方へのアドバイス等お願いします。
国連ボランティアには語学能力だけでなく、ゼネラリストとして採用された国連職員以上に、専門分野における深い知識と経験が要求されていると思います。
そのため必要な人材を世界中の候補者の中から探し出し、即戦力として使っています。
航空分野で言えばICAO(国際航空民間条約)全付属書の内容や貨物空輸におけるロードマスターの役割までも期待されていました。そして好奇心、セキュリティのセンス、体力と精神力でしょうか。
あまり心配することもない。職務にもよるがパソコンと車が支給され食(食堂)と住(住居)は整っているので、日用品をリュックに詰めて旅立つ気力が最も重要です。