綿本 結子さん:ハイチ

世界で活躍する日本人国連ボランティアからの現地報告(6)

世界中の平和と開発支援の現場では、毎年、約7500人の国連ボランティアが活動していますが、そのうち約100人は、日本人ボランティアです。
今月号のニュースレターから、特にUNDPで活動する日本人国連ボランティアの方々から現地報告をしていただくことにしました。
第1回は、今月のニュースレターで紹介した「平和構築人材育成事業」を通してUNDPハイチ事務所に派遣されている綿本結子さんです。

ハイチの現状

ハイチは、北海道の3分の1程の国土面積に人口約988万人(2008年)が住んでいます。99%はアフリカン・カリビアンです。1804年に黒人初の共和国として最初に独立した国ですが、独立と引き換えにフランスに多額の賠償金支払いで苦しみ、1915から1934年に米国はその賠償金を肩代わりするのと引き替えにハイチを占領しました。20世紀は政情不安が続き、1995年はPKOのUNMIHが、2004年にはMINUSTAH(国連ハイチ安定化ミッション)が、治安確保の活動を展開しています。

ハイチは貧富の差が激しく、裕福な1%が国の半分の富をもっています。西半球では最貧国と言われ、地震前でも多く国際支援を受けていました。2010年には一人当たりのGDPは$1200で、失業率は40.6%です(CIA world factbook, 2010)。2010年1月12日の地震以降も、政情不安定と緊急支援状態が続き、2011年11月においても550,560人が802のIDPキャンプに住んでいる状態です(人口の約5%)。開発段階に進むべく、多くの国際緊急支援団体が去り、IDPに政府が補助金を与え、IDPの人口も減少してきています。

これからは、地震の際の瓦礫の撤去、雇用創出、半永久的な都市開発と住居建設、インフラ整備など、経済発展を目的とした政策が重要になってきます。しかし、立案された計画を実行するための政府やコミュニティへの能力強化も同時に進める必要があります。また、持続可能な開発のために国民の意識を変革する必要があり、啓発活動やトレーニングなどの社会的活動も重要となってきます。

地震以前もあったのですが、震災後、国内避難民(Internally Displaced Person:IDP)キャンプ内や周辺における暴力が増加しました。特に食糧の欠如は女性が売春をせざるをえない状況を増加させるという報告もあります。これは「性と性差に基づく暴力(Sexual and Gender-Based Violence:SGBV)」にとても深く関係しているものです(Center for Human Rights and Global Justice of New York University , 2011)。ハイチでは女性が経済活動の重要な役割を果たしているため、持続可能な開発を考えると、ハイチの女性を社会経済的にもエンパワメントしていく必要があります。女性への権利を守り、女性への暴力の予防を目的とした組織は多々存在するにも関らず、女性の社会経済的地位は未だ低く、またSGBVに対する人々の意識や行動の変化も見られないことから、女性に対する意識変革のためのさらなる啓発活動が必要です。それらの現状を十分に理解し分析するための、統計的データが存在しない現状もあります。

治安を強化し、開発のフェーズに移行していくために警察機構の能力強化が必然ですが、現在存在するIDPが今後新しいコミュニティーを形成し元の暮らしに戻るために、コミュニティー自身で問題を解決する能力を高めていく必要があります。

震災後に環境が変化し、特にIDPによって運動場などのコミュニティスペースが占められました。特に若年層にとっては精神的ストレスを発散できる場所が減少し、精神衛生上よくない状況が続いています。

所属するプロジェクトの目的、活動の概要

私が所属する「紛争予防と社会一体性のための合同事業(Joint Programme for the Conflict Prevention and Social Cohesion)」は上記の問題に対処するために、持続的開発に必要な現地のオーナーシップを高めながら、紛争を予防し社会の一体性を形成していくことを目的として行われています。プロジェクトは、UNDPのガバナンスユニットの法の統治セクションにあります。三つのファンドがあり、それぞれが連携し、①国の暴力や犯罪に関する研究機関のデータ収集、②社会経済的活動、③コミュニティや政府の能力強化、のプロジェクトを形成しています。全体の800万ドルの予算の中に、700万ドル規模のUNDP, IOM, UNFPA, UN Women そして UNESCOと合同事業(ジョイントプログラム)があり、UNDPがリード機関として他機関との連携を促進し、相乗効果のあるプロジェクトを計画実施しています。

上記に挙げた①、②、③の活動のうち、①は、ハイチにおける暴力と犯罪に関するデータが脆弱なことから、それを補完強化するためにデータ収集(アンケート調査など)を5つのプロジェクト対象地域において実施するものです。②は、社会経済的に弱者(特に若年層、女性)をエンパワメントしていくものです。③は、コミュニティや政府の能力強化を目的に、彼らに紛争解決のトレーニングを実施したり、紛争予防や社会の一体性を取り入れた政策立案のサポートをしていくものです。

私は、現在以下の5つのプロジェクトに関わっています。

  1. 2010年1月の地震の震源地であるレオガンにおけるスポーツ施設の復旧活動。復旧後は、若年層の動員をしながら、紛争解決の訓練や啓発活動をすることで、地震後のコミュニティの活性化や能力強化を図るもの。
  2. IDPキャンプ内や周辺における弱者(寡婦や若年層)を対象にした、起業促進やマイクロクレジットを通して、弱者の社会経済的な地位向上を図るもの。
  3. HIV、SGBV、社会的差別に関するトレーニング。対象者は、UNDPのプロジェクトチーフ40人、首都圏の生計向上をメインとして活動するNGO15団体、またUNDP職員約200名弱。
  4. MDGs(ミレニアム開発目標)の啓発活動の一つとして、11月25日の「女性に対する暴力撤廃の国際デー」や3月8日の「国際女性の日」におけるキャンペーン。
  5. キャンプの中や周辺地域における社会的弱者の地位向上やコミュニティの経済活性化をするために、職業訓練実施とその後の訓練生を受け入れる企業のマッチングサポート。

他の活動としては、データ収集と分析をしています。データ収集では、3つのクラスターミーティング(Camp Coordinating/Camp Management, Protection, Gender Based Violence)に参加しています。そして、様々な関連機関(国連機関やNGO)、地元政府や関連省庁、IDPの中や周辺におけるコミュニティから情報を収集し分析をしています。

現地でのその他の活動

世界中に派遣されている国連ボランティアのひとりひとりは、国連ボランティア計画(UNV)の代表として、UNV全体のマンデート(任務)である「世界の平和と開発のためのボランティアリズムの促進」に貢献することが期待されています。私は、国連ボランティアとして与えられている上記の業務以外にも現地の活動に参加しています。例えば、現地スポーツ施設の復旧のプロジェクトにおいて、市民を動員して啓発活動を実施する予定です。現地での市民の動員のツールやリソースパーソンをハイチのUNV事務所と調査し、実施計画に関わっています。また、12月5日の国際ボランティア・デーでは、イベント参加を200名以上いるハイチの国連ボランティアや、それ以外のボランティアに呼び掛け、UNVのイベントのサポートをしました。さらにUNV
のメンバーで音楽活動を定期的に実施し、啓発活動をしようと企画しています。ハイチの日本語教室で日本語の教師育成や日本文化普及のために、日本語や文化を定期的に教えています。孤児院への食糧や衣服などの寄付活動も二度実施しました。

私は、日本政府の平和構築人材育成事業を通して現在、国連ボランティアとしてUNDPハイチ事務所に派遣されていますが、平和構築人材育成事業の国内研修は実践的で今の業務を遂行していく際にも非常に役立っています。例えば、様々な要素(国際機関の連携、女性や社会的弱者のエンパワメント、コミュニティの活性化など)を組み込んだ提案書や予算書の作成の実践は、プロジェクトの計画段階での文書作成だけではなく、地元のNGOにも教えることができました。また、効果的な民軍連携を学んだことは、ハイチの自衛隊を含めたMINUSTAH(PKO)とUNDPのプロジェクトの連携の可能性を考えることに役立てています。何よりも、平和構築人材育成事業での研修を通して得た平和構築分野における実務家や研修員とのつながりはハイチでの業務を遂行するための大きな力になっています。沢山の講師や研修員の方達から刺激と感銘を受け、少しでも平和構築のために必要とされる人になるために励んでいきたいと思います。

ハイチでの生活

私は、以前ルワンダの電気と水がないところに住んでいたため、停電や断水は苦にならないですが、ハイチは治安が悪く、車がないと外出できず、生活に必要な買い物や運動をすることもできないので、不便を感じる時もあります。言語はフランス語とクレオール語で、英語は地元のハイチ人にはほぼ通じません。震災後は国連のコンパウンドが空港の一角にでき、国連機関やMINUSTAHが同じ場所で仕事をしているため、様々な人と知り合えて面白いです。

特に首都のポルトープランスではIDPキャンプ、ごみの山、洪水など視覚的に国の脆弱性を認識しますが、一歩ポルトープランスから外に出ると、美しい山々が連なり、白いビーチに透き通る海などに触れられます。ハイチは自然が豊かで、今後のツーリズムの国として発展できる潜在性を感じさせられます。

国連ボランティアとして活動している意義について

ボランティアは国が発展していくための一つの信念だと思っています。自分だけではなく、コミュニティや国など広い視野に立って物事を考え行動のできる、理解力や行動力を指していると思います。国連のプロジェクトの受益者だけではなく、支援を行っている国連の中の人間も同じく同じ方向で考えて行動して初めて、その国にとって持続可能な発展の形が見えてくるのだと思います。多くの人達を動員しながらボランティアリズムを広げていくことは、その国に対しての愛着を深め、さらに多くその国や人のことを思って行動していける人達や社会をつくりだしていけるのだと思います。特に、国の発展にインパクトを持つ国連の中にボランティアに根ざした機関があるということは、非常に意義があると思います。

例えば、カウンターパートのローカルNGOは経験も少なく、文書作成やプランニングの能力が高くないため、詳細な実施計画作成のサポートや予算書作成のノウハウを教えたりしました。そうすることで、彼らがそのコミュニティおける開発のリードNGOとして、他の地元の団体やコミュニティーに対してもボランティアで動いてもらえれば、コミュニティ活性化に役立つことができます。

国連ボランティアに興味を持っている方々に一言

私はカンボジアの選挙監視の国連ボランティアとして働いていた方に感銘を受け、国連ボランティアとして、支援が必要な国と人のためにいつか働きたいと思っていました。今回、平和構築人材育成事業を通して日本政府が支援をしてくださり、国連ボランティアとしてUNDPハイチ事務所で働き、日々発見の連続で、有意義な時間を過ごしています。

私は、平和構築人材育成事業の「研修生」であり、同時に国連ボランティアとして働いていますが、現地の国連職員と同等の仕事量と責任の量を担っていると感じます。それと同時に、国連ボランティアとしてどうプロジェクトを工夫できるのかを考えながら仕事をしているので、とてもやりがいを感じながら日々生活をしています。

Profile ————————

綿本結子(わたもとゆいこ)
国連ボランティア・暴力軽減コミュニティー・アドバイザー(UNV Violence Reduction Community Advisor)
UNDPハイチ事務所 紛争予防と社会一体性のための合同事業(Joint Programme for the Conflict Prevention and Social Cohesion)

民間企業で国際営業を勤めた後、JICA青年海外協力隊、村落開発普及員としてルワンダに赴任。ジェノサイド後に帰還民が再定住した村落で職業訓練校を通じた収入向上のプロジェクトに従事。その後、国連平和大学で国際平和学修士を取得。修士取得中に、フィリピンやコスタリカの大統領選挙の選挙監視に参加したり、コンゴ民主共和国のカリタスでインターン。平和構築人材育成事業の国内研修修了後、東日本大震災支援活動を大島と石巻で実施。その後、平和構築人材育成事業を通した国連ボランティアとしてUNDPハイチ事務所に派遣され、紛争予防と社会一体性の合同事業(Joint Programme for the Conflict Prevention and Social Cohesion)に従事。